青洲会グループ代表
社会医療法人青洲会 理事長 中村 幹夫

-地域貢献-

青洲会は、昭和59年(1984年)5月に、創設者であり初代理事長である上野義博医師によって、長崎県北松浦郡田平町(現・平戸市田平町)に「青洲会病院」として創設しました。従って、今年の5月で創立32年を迎えることになります。 創設当時の病院規模は100床で、「いつでも、どこにでも、誰にでも医療を!!」を医療理念として、「地域保健部」を設置し「地域に出かける医療」を合言葉に、その後も、生活支援型の急性期病院として機能してまいりました。平成5年(1993年)12月には、救急救命医療を主眼に、福岡青洲会病院を福岡県糟屋郡粕屋町に開設いたしました。今では、災害拠点病院としての機能も担っております。平成23年(2011年)10月には、福岡地区では福岡青洲会病院の救急医療、長崎地区では青洲会病院のへき地医療への貢献が評価され社会医療法人に認定されました。

平成12年(2000年)に介護保険制度が実施されて16年が経過した平成28年(2016年)の今日、私たちは10年後の平成37年(2025年)を目途に「地域包括ケアシステム」の構築を目指しています。そして、今年は「地域包括ケア元年」と位置づけた診療報酬改定の年であり、「地域包括ケア」に向けた大きな制度改革の中で一喜一憂しています。この制度改革の主眼は、「医療と介護の一体化と効率的・効果的な運営」です。しかし、この国が構想する「地域包括ケアシステム」の主要な構成要素は、初代理事長はじめ創設にかかわった先人達が30年以上前に掲げた青洲会の活動目的に重なるところが大なのです。このように私たちの先達者の行動の軌跡を辿ることで、霧が晴れるように、不透明で先が見えないと思っていたこれからの医療の在るべき姿が、見えるようになってくることに驚かされます。

現在の医療及び介護を取り巻く環境の変化に対して柔軟に対応していくためには、持続的な質の高い医療・介護サービスの提供体制が求められます。2年ないし3年ごとの改定に一喜一憂することなく、法人としての地域のニーズを踏まえた中期的なビジョンに基づいて、身の丈に合った対応を続けることが求められます。大切なことは、日々の努力の積み重ねによってしか成り立ちません。青洲会がこれまで培ってきた信頼を地域でさらに醸成し、私たち一人ひとりが、目の前の患者さん・利用者さん、並びに協力連携関係機関の皆様と共に、日々の努力を積み重ねることが重要だと思います。

「企業の寿命30年」と言われることがありますが、そのような見方をしますと青洲会はそのハードルを越えて次の段階にステップアップしていかなければならないと私は自覚しております。このステップアップした世界が青洲会にとってどのような所なのかは不透明です。しかし、おそらく激動の世界に立ち入ろうとしていることだけは分かります。このような状況の中において、青洲会としての役割を担い今後も地域に貢献し続けることが私たちの責務であると考えております。そのためには、地域の皆様方の御支援が必要不可欠でございます。今後とも、一層のご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願い申し上げます。

                  

平成28年4月1日